ほんいち本棚 No.16-19 ②

技術者とコーヒー屋。

和雄さんの2つの人生と、それぞれを共に過ごした本たち

本町一丁目商店街のちょうど真ん中ほどに位置する「新田珈琲」は、福井県で初めて自家焙煎珈琲をはじめたと言われる、歴史ある珈琲専門店です。3代目の新田和雄さん千香子さん夫妻は日々美味しいコーヒーを追求し続けるプロフェッショナル。店主の和雄さんは日本では数少ない「J.C.Q.A 認定コーヒー鑑定士」の資格を持つ焙煎士であり、奥様はコーヒーの味を判別する競技(ジャパンカップテイスターズチャンピオンシップ2018)において、日本チャンピオンの成績をおさめ、世界大会にも出場を果たした経験を持ちます。「美味しい珈琲をお客様に信頼して購入いただけるように」という思いのもと、現在も各種資格や競技会へ挑戦している2人。ほんいち本棚では、新田夫妻それぞれに教えていただいた本から、おふたりの人生を紐解きました。奥様、千香子さんのお話に続き、店主の和雄さんのお話も公開します。


僕の人生は、プログラマーの人生と、コーヒー屋人生の、大きく2つに分かれます。もともとは技術者なんです。大学では情報システムを学んでいて、卒業後はプログラマーをしていました。なので、けっこう技術書を読むんですよ。とくにプログラム言語はすぐに変わるので、当時の部屋には重い技術書がいっぱいありました。今でもプログラム関連の本はよく読みます。

例えば、表紙の動物の絵が特徴的なオライリーという出版社の本で、『Python』と言うプログラムの言語の本があります。Pythonは最近一番人気のある言語ですね。昔からあった言語なんですが、僕がプログラマーとして働いていた時は、C言語やPerlやJavaが多かったんです。でも人口知能やニューラルネットワーク、機械学習という分野においてPythonが多く使われているので最近は人気があります。実は大学の卒論では、人工知能や機械学習の研究をしていました。なのでディープラーニング関連の本を今でもよく読みます。最近こそ人工知能や機械学習はすごく一般的になって、チェスや将棋の強いAIができるなどしていますよね。でも、今から24年くらい前、僕が大学で研究していたときは、偏った学習をしてしまう過学習にうまく対応できないなど解決できない課題があり、いま研究している内容がこの先どう発展していくのか見えない時代で。僕はそのまま大学を卒業して、大阪でゲームやwebのプログラマーなどをして、敦賀でコーヒー屋になりました。

一方、人工知能の世界ではここ15年くらいでディープラーニングというのが出てきました。これがどういうことかと言うと、僕が大学生のときに膠着状態だった研究が進み、機械学習が実用化される時代になったということなんです。すごいですよね。密かに感動していました。ディープラーニングやプログラムは、老後の趣味にしたいなと思い、今も本を読んで勉強しています。そのうちの1冊が、『Excelでわかるディープラーニング超入門 RNN-DQN編』です。全く知らない人には難しいかもしれませんが、一応入門編なので、興味がある方なら、比較的面白く読んでもらえる本じゃないかなと思います。

昭和48(1973)年から使用している富士珈琲機械製作所の焙煎機を受け継ぎ、現在も使用している。今は製造されていない機械で、使っているお店も珍しいそうだ。焙煎機は店の歴史を知っている

実家を継いだのは29歳の時でした。幼いころから10年くらい世間を見てから帰って継いで欲しいと言われていました。自分の性格的にはコンピューター関係の仕事が好きだったので、正直、葛藤はありましたが、幼いころから両親の仕事を見ていて、「コーヒーを通じて、お客様に喜んでもらえる商品を提供している店」と感じていたので、同じように喜んでいただける商品を提供できるようになりたいと思っていました。父は、金儲けよりも、良いものを提供することを第一に考えていたので、僕たちもそこを大切にしています。そうじゃないと商売をする意味がないですよね。お客様に喜んでいただくためには、自分達も本当に美味しいものを探し続けなければいけないし、それでお客様に喜んでいただけるなら僕たちも嬉しいです。そのために、今でも日々、競技や資格取得に挑戦しています。

そういう意味で、「コーヒーインストラクター検定の教本」はコーヒー屋人生のスタートに欠かせない本ですね。ただ、妻も言っていたと思うのですが、検定の教本は広く学ぶことはできるんですけど、背景が見えないことが多い。根拠などを補うために参考にした本が『コーヒーの科学』でした。この本の著者はコーヒーインストラクター検定の教本にも携わられてもいます。僕は焙煎の章をとくによく読みました。

コーヒー豆は、焙煎時に一度柔らかくなってから固くなる。まるでガラスを加工する際のような現象であることから、豆の状態変化の一部を「ガラス転移現象」と呼ぶそうだ

焙煎は、事象だけ見ると豆に火を与えて色が変化するというだけですが、内部の変化を理解していないと、ただ熱量を与えているだけになってしまいます。この本には、焙煎時のコーヒー豆の変化が細かく書かれているので、今まで見えなかった焙煎中の豆の状態を意識できるようにしてくれました。正直、僕のようなコーヒーを仕事にしている人間からしてもとてもマニアックです。でも逆に、疑問に対してちゃんと答えてくれる本でした。

焙煎だけでなく、買い付けで現地を訪れたり、現地の土壌改良支援をしたりなども。世界中からやってき良質な生豆は、和雄さんの手で丁寧に焙煎され、店に並ぶ

焙煎のことを勉強する際には、コーヒー豆以前のもっと根源を知ろうと思い、熱力学についても本で学んだりしました。とにかく、コーヒーの深いところまでしっかりと学ぶことがコーヒー屋としてのファーストステップでした。仕入れたものをただ販売するだけではなくて、僕たちのフィルターを通すことで、より安心して購入いただけるような仕事をしたいと思います。

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