ほんいち本棚No.16-19 ①

慣れない土地での生活&未経験から日本チャンピオンに
大阪から嫁いだ千香子さんを支えた3冊の本

本町一丁目商店街のちょうど真ん中ほどに位置する「新田珈琲」は、福井県で初めて自家焙煎珈琲をはじめたと言われる、歴史ある珈琲専門店です。3代目の新田和雄さん千香子さん夫妻は日々美味しいコーヒーを追求し続けるプロフェッショナル。店主の和雄さんは日本では数少ない「J.C.Q.A 認定コーヒー鑑定士」の資格を持つ焙煎士であり、奥様はコーヒーの味を判別する競技(ジャパンカップテイスターズチャンピオンシップ2018)において、日本チャンピオンの成績をおさめ、世界大会にも出場を果たした経験を持ちます。「美味しい珈琲をお客様に信頼して購入いただけるように」という思いのもと、現在も各種資格や競技会へ挑戦している2人。ほんいち本棚では、新田夫妻それぞれに教えていただいた本から、おふたりの人生を紐解きました。


 私は大阪出身で、主人とは大阪の大学で出会いました。大学の弓道部の先輩なんです。ベタですけど「射抜かれたんやな」とよく言われますね(笑)。卒業後も大阪で事務やパソコン関連の仕事をしていましたが、結婚で敦賀にやってきました。

もとからコーヒーの知識・経験があったわけではなく、敦賀に来てから身につけたという千香子さん。そのうえ、慣れない土地での新しい生活。その苦労は計り知れない。

敦賀に来てから、子供のことも、お家のことも、店のこともあって、すごく辛い時期がずっと続いていました。下の子が合気道のお稽古で、毎回論語を教えてもらってきていたのですが、子どもから聞く論語の話が妙に自分の辛さに響いて。それで一回読んでみようと思い、購入したのが『論語 ビギナーズ・クラシック』でした。読んでみると、「自分の辛さや気持ちを違う考え方にしてくれる方法があった!」という感じで。それまで私にとって本とは、ノンフィクションでもフィクションにすぎなかったんです。テレビで見るアイドルをかっこいいと思うのと同じ感覚ですね。いくらかっこよくても付き合うわけではないですよね。でも論語は、自分に寄り添ってくれるものという感じがしたんです。少し宗教っぽいですが、そういう考え方もあるんだなとか、そうやって思っていたらいいんだなとか、新しい視点をくれました。

当時の私は、何があっても「自分が我慢しなければ、自分が周りに合わせなければ」と環境に追い込まれすぎていたんだと思います。論語の中の一説に、「評価される人間になれば、勝手に評価される」という趣旨の言葉があります。まさにそれだなと思って。そのときちょうど、主人がコーヒーの資格を取ったんです。コーヒー専門店として、やはり知識がある人の接客は素晴らしいなと思いましたし、みんな主人に質問するんです。信用があるんですよね。それで私も「信用してもらえるところまでいかなきゃ!コーヒーバカになるぞ!」と一念発起して、猛勉強をはじめました。

参考書につけられた多数の付箋からは、猛勉強の様子がうかがえる。

とはいえ、当時は産地に行ったこともなければ、海外のことで想像もつかないので、教本を読んでいてもぜんぜん入ってこないんです。そんな時に、産地のことを一番教えてくれたのが、『ビジュアル スペシャルティコーヒー大事典』でした。この本には、エリアごとの標高や品種、コーヒー栽培に至るまでの歴史や現在の状況まで書かれています。ここまで産地のことをしっかり書いてくれる本は他にないのではないかなというほどです。でも、美味しいコーヒーには科学的根拠があるので、そのあたりは『コーヒーの科学』で勉強しました。おかげで、「J.C.Q.A認定 生豆鑑定マスター」などの難しい資格も取得することができました。私にとってこの2冊はセットですね。主人にもとても支えてもらいましたが、この2冊も私を支えてくれた大切な本です。

2018年ジャパンカップテイスターズで優勝した際の記念スプーンを見せていただいた。持ち手の先にはC.Nと千香子さんのイニシャルが彫られていた

競技に出るようになったきっかけは、実は娘で。福井市に「VENGA!COFFEE」さんという、同じくご夫婦で切り盛りされているロースターさんがいるのですが、そこを訪ねた際に、ハンドドリップ大会入賞記念の、麻袋で作られたクマのぬいぐるみが飾ってあって。それを見た娘が「欲しい!」と言い出したんです(笑)。本当のところ、身につけた知識を実技で証明したいと思って。私たちには師匠がいるわけではないので、勉強のためにさまざまなお店を訪ねていました。そこで競技の存在を知りました。最初はハンドドリップの大会に出場し、その後カップテイスターズなどにも挑戦して、2018年にはカップテイスターズで日本チャンピオンになりました。競技に行くと頑張っている人たちしかいないので、とても刺激を受けます。「ここで辞めてしまうと、この人たちに置いてかれてしまう!自分達の可能性を潰してしまう!」と思って、今でも出続けています。

自分が頑張っているとそれを認めてくれる人が本当に出てきました。孔子の教えの通りです。まだまだ人間関係が得意とまでは言えませんが、おかげさまで良い方に考えられるようになったので、論語に感謝したいです。

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