「人道の港敦賀ムゼウム」は11月3日にリニューアルオープンします。
人道の港敦賀ムゼウムは11月3日のリニューアルオープンに向けて、現在準備中です。新たな施設では、人道の港の歴史を紹介するシアターやアニメーションを利用した展示などを設けています。リニューアルオープンまで、もうしばらくお待ちください。
施設概要
所在地:〒914-0072 福井県敦賀市金ケ崎町23-1
電話:0770-37-1035
FAX:0770-37-1036
メールアドレス:jindou@ton21.ne.jp
休館日:水曜日(祝日の場合はその翌日)、年末年始
入場料:一般500円、小学生以下300円、
団体(20名以上)一般400円、小学生以下240円
(注釈)4歳未満無料、 障がい者手帳をお持ちの方と付き添いの方1名まで無料
敦賀港だから伝えられる「命」と「平和」
敦賀港は、明治から昭和初期にかけて、ヨーロッパとの交通の拠点としての役割を担い、1920年代にポーランド孤児、1940年代に「命のビザ」を携えたユダヤ難民が上陸した日本で唯一の港です。
当館では、数々の苦難を乗り越えて敦賀に降り立ったポーランド孤児とユダヤ難民の史実を中心に、当時の敦賀市民の証言やエピソードのほか、今も続く関係者との心温まる交流を紹介し、命の大切さと平和の尊さを発信します。
館内紹介
展示のあらまし
シアター
大陸への玄関 敦賀港
ポーランド孤児展示
ユダヤ難民展示
交流コーナー
人道の港敦賀のエピソード
ポーランド孤児
敦賀の松原での孤児たち
ポーランド孤児とは、ロシア革命後の内戦状態であったシベリアで家族を失い、過酷な状況にあったポーランドの子どもたちのことです。孤児を救うために、日本赤十字社は1920から1922年にかけて孤児の受け入れを行い、合計763人のポーランド孤児が敦賀港に上陸しました。
当時の敦賀の人々は、菓子・玩具・絵葉書等の差し入れや宿泊・休憩所などを提供するなど、温かい手を差し伸べました。
ユダヤ難民
上陸を待つユダヤ難民たち(1941年6月6日朝日新聞)
1940年から1941年、ユダヤ難民はナチス・ドイツの迫害等から逃れるため、リトアニアのカウナス領事代理・杉原千畝氏が発給した「命のビザ」を携えて、リトアニアからウラジオストクを経て、敦賀港に上陸しました。
苦難の旅路を経て敦賀に降り立った彼らは、敦賀の街が「天国(ヘブン)に見えた」と後に語っています。
上陸した彼らに当時の市民は、リンゴなどの果物を無償で配ったり、銭湯を無料で開放したりしました。
アクセス
・バス
JR敦賀駅3番のりば ぐるっと敦賀周遊バス(観光ルート)「金ヶ崎緑地」下車
JR敦賀駅4番のりば コミュニティバス松原線「金ヶ崎緑地」下車
・タクシー JR敦賀駅から約10分
・自家用車 北陸自動車道 敦賀インターチェンジから約10分
(駐車場:金ヶ崎緑地駐車場 普通車128台、大型バス5台あり)